金融と企業経営

就職活動で、経営に興味があり、金融業界を志望したという学生によく会います。自分も学生の頃は、金融と経営は近いものがあると考えていました。たとえば、株のアナリストが企業分析をする視点は、社長が自社の経営をどうするべきか考えることに近いのではないかと思っていたわけです。

そのアナリストと経営者の違いを感じさせられる出来事がありましたので、書いておこうと思います。

2年以上前になりますが、自分は、ある大手電炉メーカーの専務に取材を行いました。そこで、こんな質問をしました。

私 「1年後の鉄の価格は、どのようになっているとお考えですか?」

専務 「1年後の価格なんかわからないし、それほど興味はないです」

私 「??」(心の声:企業の業績を決める鉄の価格に興味がないってことはないでしょ)

専務 「1年後の鉄の価格を知りたいのは、あなたたちじゃないのですか?私たちに必要なのは、3ヵ月先の価格で十分です」

私 「??」(心の声:なぜ3ヵ月先で、十分なんだろう)

専務 「私たちは、鉄を作っている会社です。鉄が下がろうが、上がろうが作ることをやめて、逃げるという選択肢はないのです。鉄の価格の動きは、需給で決まるため、予測するのは困難です。そのため、私たちの仕事は、鉄の価格の動きに合わせて、できるだけ早く生産調整を行う体制を作ることです。例えば、日本のH形鋼の価格が下がり、米国の価格が上昇していれば、現状の国内向けのラインを規格の異なる米国のH形鋼向けに修正して、米国の販売先を確保して輸出するなどです。この変更に要する期間が、弊社は、大変短く3ヵ月なのです。ですから、私たちには、3ヵ月先の情報を集めることで十分なのです。1年先がわかってもあまり意味がないのです。あなたは、弊社の株価に興味があるのですから、1年後の鉄の価格は重要でしょう。それによって株価は決まるからです。しかし、それは、投資家が、株を売却することで、この事業から逃げることができるからです。私たちは、そういうわけにはいきません。多数の従業員、鉄鋼生産設備、他社との契約、鉄つくりのノウハウ、そういったものを鉄の価格が、ちょっと下がったくらいで捨てることはできないのです」

投資家と企業経営者では、逃げられる者と逃げられない者という本質的な違いがあるということに気付かされた取材でした。その違いから集めるべき情報も異なってくるのです。株価には、1年後の鉄鋼価格が必要で、企業経営には、3ヵ月で十分だったのです。

とても考えさせられる経験でした。